人生谷あり底あり

うつ病休職歴あり、自殺未遂歴あり。 2020年6月に早期退職しました。これにより名実ともに負け組になった初老親父の無駄口です...

カテゴリ: 生活

3
第二の人生が始まり、今週は5連勤を経験し(と言っても今月中はほとんど研修で、一銭の役にも立って無いですが、、)疲れました。。
やっぱ、会社の選択ミスだったなぁ、と後悔する気持ちもあるが、そんな愚痴を書ける精神状態では無いので止めときます。

昨今またまたコロナが増えてますが、また緊急事態宣言などという馬鹿げたことだけは辞めて欲しい。
医療崩壊が怖いなら死者を増やして入院数を減らせば良いのに。
スポーツイベントの観客制限もいい加減辞めてくれ。
そうしないとスポーツがこの世から無くなってしまうわ。

スポーツと言えば、昨日阪神藤浪が久しぶりに勝ち、新人佐藤が場外ホームランを打った。
これで相手が巨人だったら最高だったが、1番弱い横浜だから、、

数日前のことですが、橋田壽賀子が亡くなりましたね。
95歳だったとか。昨日亡くなったらしい英フィリップ殿下は99歳らしい。皆呆れるほど長生きやなぁ。。
橋田壽賀子は安楽死をずっと望んでいたようだが、楽に死ねたのだろうか。
若くして老衰で死ねる薬とかがあったら、少々高くても購入したいものです。
橋田壽賀子の私の印象は、「渡る世間は鬼ばかり」のあの、長々と不自然な台詞で、正直この人は時代遅れだなぁとだいぶ前から思ってました。
彼女の1番の代表作はやっぱ、おしんでしょうか。
新しい仕事の研修で、管理人のおっさんと話してて知ったことですが、
おしんの主役女性には実在モデルがいる。
そのモデル女性の息子はかつてヤオハンというスーパーの社長だった。しかしその社長は変な新興宗教にのめり込んでしまい、神のお告げか知らないが、ヤオハンの中国展開をやたらするようになって、それが失敗した結果倒産したそうです。
というわけで、おしんのモデルは息子の子育てに失敗した女性ということでした。

私と同時に新社会人になった娘。
希望とは程遠い金融機関に就職しました。
最初の半月は自宅からリモート集合研修で、その後支店に配属されるとのこと。
そんで、研修生の責務として日経新聞を毎日読めとのこと。
抜き打ちで新聞記事に対するコメントのレポート課題が出るんだと。
その対策として娘は日経電子版を契約しました。
電子版だけでも月4500円するらしい。高い。
どこぞの新聞みたいに野球のチケットでもくれたら良いのに。。

で、私もおこぼれに預かって、スマホに日経電子版を入れ、ちょくちょく読むようになりました。
経済新聞だけあって、興味深い記事が多いです。
今のところ読んでるのは「朝刊1面を読もう」「私の履歴書」です。
朝刊1面を読もうは、若手社員が若者向けに主要記事を解説してくれるコーナーで、私の履歴書は、有名企業の社長等が半生を振り返るコラムで今は東京エレクトロン元社長です。
他にも池上彰の若者向けコラムとかもあり、面白そうなものを探していこうと思ってます。
理想は管理人の仕事しながら、サボってこういう記事を読み漁りたい。
でもギガが足りないから無理か。。ちぇっ。

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私も娘もこれから世間の荒波に翻弄されることになります。
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3
高校野球は順調に消化され、明日からはプロ野球も開幕ですね。
是非コロナごときに邪魔されずに全試合消化して欲しいものです。

センバツ高校野球、今大会は好投手がやたら多いですね。
あるいは打撃力が低下してそう見えるだけかもしれんですが。
ホームランが全く出ないですから。
初戦で消えたチームでも東海大甲府、上田西、専大松戸の投手は相当な実力でした。
専大松戸は夏出てきたら優勝候補になるかも。

実力が抜けてるのはやっぱ仙台育英、東海大相模かな。
天理のエースはツボにハマれば無敵だが。。

今日は娘の大学の卒業式。袴姿で出席してました。
ちなみに私は職業訓練学校の修了の日でした。
これで失業手当の支給も終わり、来月からはそれよりずっと少ない月給になります。
そう言えば、内定した会社の健康診断と入社説明を昨日受ける筈だったのだが、向こうの担当者の勘違いで明日に延期されました。。
なんか、この会社怪しい。。
そのうち内定も間違いでした、とか言って来そう、、

私のちっぽけな就職先のことはともかく、娘の就職先は前に書いたように、希望とは程遠い失意の就職です。
学部の同級生達は皆名だたる一流企業に就職を決めているようで、コロナの影響はあんまり感じられません。
でも、娘の周辺にいる子達の様子を聞くと、やっぱりコロナの影響を微妙に受けてるように思えます。
皆有名企業に行くんだけど、企業の新卒生の扱いが結構酷い。

娘の親友Aさんは日本で1番有名なアパレル企業に内定したが、配属先はなんと青森。
しかも3月から仕事をさせられており、皆学生最後の国内旅行をしている時にせっせと北国で働いてたそうです。
卒業式も前日に帰ってきて翌日には青森に戻るという弾丸ツアーでした。

親友Bさんはもっと可哀想。
内定先は世界的に有名なフランスの高級宝飾品ブランドメーカーの日本法人。
彼女は年明けの1月から3月まで最低時給で見習いのように働かされている。
それだけならまだしも、新入社員全員に自社の高級腕時計を買わせるらしい。その額は7桁です。
給料の何ヶ月分やねん。。
この会社、ブラック企業じゃないかとすら思う、、

男友達C君は外資系コンサルに早々と内定した。この企業の内定者の大半は東大京大生である。
内定後配属先の希望を聞くらしいのだが、部署によって入社時期が違うそうだ。
どこでもよいと言えば4月1日入社になるが、地獄のような部署になる可能性が高い。
C君が希望した部署は6月から入社なんだそうな。
卒業後、5月いっぱいまでは無職。
それも何だかなぁ。。
部署によっては8月入社のところもあるんだとか。
きっと東大京大生は部署に依らず4月入社出来るのだろう。
まぁ、外資系は歩合制だろうから有能な人はあっという間に年収一千万超えたり独立したりするんだろうけど。
コンサルなんていう頭脳集団は私なんかとは1番遠いところに属する人達だから理解を超えている。。

うちの娘の方は入社前の丁稚奉公なども無く、4月1日からスタート。
しかも最初の半月程は自宅からリモートで集合研修だそうな。
目下の悩みは自宅での研修中、犬をどうするかということである。
吠えたり暴れたりするに違いない。
私も妻も不在だし。
さて、どうするんやろう。わしゃ知らん。

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神田川沿いの桜を撮ってみました。
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4
2月は寒いし、スポーツが何も無いし(特に今年はラグビーのトップリーグも無い)で、1年で1番つまらん月です。
働いてた頃は毎年2月は環境内部監査という死ぬほど憂鬱なイベントがあったなぁ。。

訓練学校は始まって約1ヶ月が経ちました。ここまではお遊びみたいなもんです。
今月からは各科目の試験があったり、採用選考に向けた履歴書、職務経歴書の作成があったりして、長いことニートをしてた身には段々と辛くなっていきます。。

この学校、朝礼の時にウォームアップ代わりに頭の体操クイズのようなお題の話を担任講師がよくします。
雇用保険を使ってそんな無駄に時間使って良いんだろうかと思わなくもないが。。
まぁ人間の存在が一番無駄だから良いのだろう。
あんまり面白くないけども、その話でも書いてみます。
いずれも数学的な話。

1つ目は簡単です。
商品の品揃え、値段が全く同じスーパーABCがあり、3店同時にセールを行った。
A店は全品4割引。
B店は会計額の50%分の商品券を進呈。
C店はくじ引きで5人に一人を会計額を無料にする。
さて、どの店に行くべきでしょうか?

4割引、50%、5人に一人という数字を比べて直感的にBを選ぶ?
これは私でもわかりましたが、答えはA店です。
解説する必要も無いですね。

2つ目の問題。
これは世界的にも有名な問題です。私は知らんかったが。
あるクイズ番組の最後に、回答者は豪華賞金をかけて問題に挑みます。
その問題は、ABC3つの扉のうち、一つだけ扉の向こうに賞金があり、それを当てれば賞金ゲットできるというもの。
回答者は1つを選びます。仮にAとします。
すると、答えを知ってる司会者は、残るBCのうち、ハズレの方(仮にCとする)の扉を開けさせます。
そして司会者はこう言います。
「残るはAとBだけです。今ならBに変えてもいいですよ。どっちにしますか?」

この場合、回答者のファイナルアンサーは
最初に選んだAにする
途中で変えてBにする
のどっちにすべきでしょうか?
というのが問題です。

私はアホなのでわかりませんでした。理系のくせに。。
普通に考えたらどっち選んでも確率50%で一緒やないかい、と思いたくなりますが、、

正解は
途中で変えてBにする
です。明確な理由もあります。

この解説は次回気が向いたら書きます。
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3
数日前から一人実家に帰っています。
実家で年を越すのはたぶん10年ぶりぐらい。
妻と離れて年を越すのは結婚後、NY旅行の3年前を除いて初めてかも知れません。
それだけ我が家は終わリが近いと言うことです。(笑)
娘はきっと彼氏とクリスマスケーキでも食ってることでしょう。

実家で迷った末に前の会社の友人にメールしてみたところ、即日返事があり、明日会うことになりました。
感染者激増中の広島県ですが、、
サラリーマンとは身分が違うし、前回帰省した時は連絡しませんでしたが、連絡出来るとしたらこのタイミングが最後かな、と思って。。
単身赴任してたワンルームマンション周辺も散策してみようかな。
友人に会ったら、痩せたことを驚かれるかも知れんな。。

先日母親と、母の姉(伯母ですね)宅を訪ねました。
母親は85歳、伯母は87歳。日本経済を崩壊させる典型のような老人姉妹ですが、二人とも頭ははっきりしています。伯母は足が悪くて障害者認定されていますが、一人豪邸に住んでます。亡くなってる元旦那は弁護士だった。
その伯母さんに会うなり「痩せたねー」と言われました。
ちなみに会話の中に、私が無職でいる話が全く出て来ませんでした。
私を憐れんで気を使っている?
いや、たぶん私が退職したことを母親は誰にも言ってないのだと思う。。
85歳で人生が直に終わろうという時でも、息子の現状が恥ずかしくて他人に言えないんだな。。
私はそれだけ重罪を犯したクズだと言うことだ。

さて、もはやどうでも良い感が漂ってますが、新型コロナの感染者は増え続けてますね。
王さんが会食したと聞いて、東京の感染者数が王のホームラン数868を超えるのも近いな。。と冗談を言ってましたが、あっという間に超えてました。。
感染者数がいくら多くても重症者が多くなければ良い。重症者が多くても医療崩壊しなければ良い。と思いますが、国はどうも医療崩壊をわざとさせようとしてる気がします。

新型コロナは指定感染症2類に分類される。
SARSや結核と同じ。ちなみに上の1類はエボラ出血熱やペスト。
コレラは下の3類です。
2類だと感染者は入院が義務付けられたり、対応出来る病院が極めて限られたりするらしいです。
で、最近新型コロナをインフルエンザと同じ5類に引き下げようという意見が識者の間で高まっているそうで、死者数の少なさから、どう考えてもそれが妥当です。
でも政府は頑なに2類から動かさない。
理由は政治家の賄賂の関係かも知れないし、扱える病院が増えるとコロナと関わりたくない病院が怒るからかも知れない。
あるいはわざと医療崩壊させて高齢者の人口を減らしたいのかも。
もし最後の理由だったらその判断は正しいと思います。

コロナ対応で大変な思いをしてる医師や看護師に言いたい。
そんな割に合わない仕事は辞めて、楽な病院に転職しましょう。
コロナ患者なんかほっときましょう。

高齢者に罪は無いけれど、こういうご時世になってしまったら、国の財政の負担になる人はどんどん消えてもらうしか無いと思う。
それが嫌なら海外に移住するとか。
将来ワクチンが出来たら、それを接種できるのは納税額が高い人順にするべきと思います。
役に立ってない人は救わなくて良い。

当然ながらニートの私も救われてはいけない。
ちょっと期待してるのは、英国だかで変異したウイルス。
それがもし致死率が抜群に高かったら、いよいよ自分も死ねるかなぁ、とか妄想する。
世界中の死者がどんどん増えれば、そのうち安楽死の議論が活発にならないかなぁ、と期待する。
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4
テレビでM1をチラチラと見てますが、
4分で漫才披露して審査員がいて順位が出るって、フィギュアスケートと一緒やな。
採点に芸術点とか審査基準があるんやろうか。

今年の漢字は「密」でしたが、個人的には「虚」かなぁと言ったところです。
名実ともに底辺に堕落した最初の年。今後はどんどん闇に堕ちていきます。
来年の漢字は「無」「終」または「死」あたりかなぁ。(笑)

さて、今年の活動は今日で全て終わりました。
ニートなので最初から活動らしい活動なんか無いのですが。
今週職業訓練校の入学手続きをして、歯医者に行って、ハローワークで認定手続きして、今日はとある資格試験を受けました。(たぶん落ちた)
まぁ受かるかどうかは二の次です。
受けることに意義がある。何故なら国家資格試験受験が求職活動にカウントされるから。

明日から一人実家に帰ります。
訓練校が始まる前々日まで約2週間。
忙しい自分に酔いながら常に機嫌が悪い妻からしばらく離れられるのはホッとします。

妻は明日から一週間、遅い夏休みです。私がいなくなるので心なしか嬉しそうです。
娘と東京周辺でいろいろ買い物に行く計画を立ててるようです。
私はというと、実家で散髪に行って、図書館に行って(Wifi使うのが主な目的)、適当に買い物行って、テレビ見まくって、、
それぐらいですわ。

前の会社の知り合いに連絡取ろうかどうか迷ってます。
身分が決定的に違うので辞めた方が良いかな。。
実は別の関西在住の友人に年末年始会えないかと打診したら、卒論の指導で今後1ヶ月は手が離せないと(彼は大学教員)固辞されました。
そうだ、私は労働してる人とは身分が違うんだと改めて気が付くアホです。

ちなみに娘は昨日まで3泊4日で沖縄旅行してました。
ギリギリGOTO適用でした。
失意の就活が終わってから、気が狂ったように遊んでいます。
まぁ、コロナで世界がいつ終わるかわからないので、好きなように遊べば良いと思ってます。
昨日深夜に帰って来ましたが、電車は超満員だったそうです。
東京の人はもう誰もコロナなんか相手にしてないようです。
そりゃそうだよなぁ、と思います。

暖かくなったら私も北海道か沖縄に行きたいものです。
東京からはフライト代が安いので。
海外は多分一生行けないだろうから。
ただ、そのためには当分無職を続けなければならないが、、

スマホのロック画面が自動的に次々と変わりますが、時々奇麗な風景画像が出てきます。
スクショを貼ってみました。
もしかして違法アップロードでしょうか。。
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1
こんにちは。人生の敗北宣言を毎日してる者です。
今日は中華ポテトを作ってみたが、見た目はまぁまぁながら売り物のようなカリッとした食感が無く柔らかくて不評だった。。

さて、負け犬人生を振り返るのは、つまらんのでこれで最後にします。

約7年前、いろいろあって休職後職場復帰する。
仕事内容は休職前より若干楽な業務に変えてもらった。
楽な業務と言っても、大卒総合職にとってはやや楽な業務というだけで、人類一無能な私にはそれでも苦痛なものでした。
本来なら死んでた筈の私、前にも増して頑張ることをせず、おまけの人生はきっとそのうちまた行き詰まって今度こそ死ぬ、という前提で毎日を淡々と喜怒哀楽のほぼ無い生活を送ってました。

若い頃、上司に言われたことを思い出しました。
「会社は学校とは違うから、出来の悪い者を引き上げるようなことはしない。」
要は出来の悪い奴は最初から居てはいけない所なんだ。。
努力が報われるなんてことも、能力がある人だけの話です。
無能な人間は努力する資格も無い。

そんな中、2014年に娘が希望する大学付属高校に合格。おまけにその学校は翌年甲子園で準決勝まで行く。
単身赴任ながら休日はタイ旅行や沖縄旅行や関東関西に何度も野球観戦に行ったりと、刹那的にそこそこ楽しんでいました。
ただ、平日の仕事はもちろん地獄でした。

娘が高校に受かった時に、自分の人生設計がほぼ固まった。
よっぽど失敗しなければ、娘はエスカレーター式に大学に入り、就職もたぶん大学4年になった頃に決まるだろう。
子供が自立すれば親の役目は終わり。
そのタイミングで早期退職しよう。
もちろんその決意は直前まで家族にも黙ってました。

辞める日を決めると、後はその日が来るのを待つことだけが生きるモチベーションでした。
子育てさえ終われば、自分の老後なんて無くてよい。大人を養う筋合いも無い。辞めさえすればしばらくの間自由気ままな生活が送れるだろうと。

しかし50歳頃、それも幻想だとわかった。
老化や更年期で度々体調が悪くなる。そしてなんと言っても外見が加速度的に醜く衰えて行く。
その頃会社で50歳の社員を集めて今後のライフプランを考える研修みたいなのがあり、奥さん連れで参加している人もいたのですが、男女問わず参加者達の見た目の酷さが自分も含めて悲しかった。。

こんな自分、生きてるだけで自分も他人も迷惑だ。退職後の楽しい生活等あり得ない。結局人生なんてどう生きようが虚しいだけだという結論に達しました。
自分の寿命はやっぱりあの7年前にすべきだった。

それからはずっと軽い希死念慮に囚われながら生きています。
しかも私には自死する実力も無い。敗戦処理のような日々。
その後2年間は何とか仕事を続けて、息も絶え絶えに当初の予定通り早期退職したのが今年の春です。
勝手に決めて誰の賛同も得ずに辞めたので、家族からは心底憎まれて今の生活に至っています。

今後希望と言えることは何も無い。
あるとすれば完全に一人で暮らすことぐらいか。
一人で引きこもってると、やがて暇すぎて何かやりたくなるか、あるいはセルフネグレクトしてゴミ山の中で孤独死するか。
どっちにしてもしょーもない人生です。
でも死ねなかったのは自分が悪いのでこれからも自然死するまでは生きるしかないのでしょう。。

勝ち組だの負け組だのという言葉があるが、こんな世の中になってしまうと、生きてる人は皆負け組に思える。
地獄を見る前に無事に天寿を全うした人こそ勝ち組ではないかと。
コロナは往生際悪くウダウダと生きてる奴に対する天罰じゃないかと。。

くだらん自分語りをしてしまった。そんな自分に虫唾が走る。。
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2
1年前の今頃はラグビーのワールドカップが佳境に入ってた頃でした。
まさか1年後には世界中がこんな真っ暗闇の地獄になるとは誰も思わなかったことでしょう。
去年より良い目を見れてるのは吾峠呼世晴ぐらいでしょうか。
しかしなんちゅう名前や。。この人まだ30歳位らしい。

さて、ダラダラと書いている転落人生の振り返り。

40歳位で自分は人類の最底辺だという真実に気付く。
それでもまだ子供が小さかったので嫌々ながら働きながら生きていました。
そのうち東京に転勤になり(もちろん家族で転居)、周りのレベルはさらに上がりどうにもならなくなりつつあります。
東京生活1年半過ぎた頃、転機が訪れる。

当時私は関連子会社に転籍させられていたが、その会社が業績悪化で経営破綻寸前になり、早期退職の募集を始めた。
その前にも2回募集はあったが、年齢で対象に入ったのがこの44歳の時初めてでした。
割増退職金も結構な額だった。
渡りに船、と私は応募しました。
反対する家族の声はもう耳に入らなかった。。
この機会に辞められないのなら、死んでしまおうとまで仕事で追い詰められていたから。
ちなみにその頃、妻の母親は末期の肺癌でいつ逝くかわからない状態。
にも関わらず、私はもう自分が逃げることしか考えられなかった。

しかし、早期退職は叶わなかった。
応募者があまりにも多すぎ、退職金が払えなくなった会社は、40代の応募者に限り親会社に転籍という形で無理矢理引き取らせたのだった。
それを拒否して何が何でも辞めるという選択肢もあったが、泣いて懇願する家族を振り切る気力は私には無かった。
ちなみにその子会社は今も潰れずに存続しています。

行き先は親会社の西日本、中国地方の地方都市。
もちろん単身赴任を選んだ。
どうせ挫折してすぐ辞めて帰るに決まっている。いや、帰れたらまだ良い。たぶん自殺するだろう。
そう思いながら赴任しました。
単身赴任をするということは、将来家庭が崩壊することを容認したということ。たぶん妻もそれをわかっていたはず。
ちなみにその直前に義母は永眠。

赴任後は100%予想した通りだった。
やったことのない設計職に入れられ、もちろん挫折する。
3ヶ月ぐらいで鬱状態になり会社を休みがちになり、5ヶ月後ぐらいには首を吊りました。
ちなみにその直前、妻は乳癌になり、片乳を全摘しました。

詳細は省きますが、自殺は失敗に終わり、7ヶ月程鬱病で休職した後、職場復帰する。
前職の設計とは同じフロアながら仕事は企画職に変えてもらえた。
企画職と言いながら、実態は取りまとめの便利屋、パシりのような仕事です。
本来メンタル不調で休職した人は以前と同じ職場に復帰することになっている。
そうしないと皆仮病で休職するからである。
自殺されて新聞沙汰になったらたまらん、という理由で私の場合は例外的に業務内容を変えてもらえたのかも、と推測します。

そういうある意味閑職のような仕事をその後退職するまで7年半続けることになります。

クソみたいに内容がからっぽの回想ですが、疲れてきたので続きはまた後日。
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2
10月になりました。
娘のリモート内定式も行われたようです。
提出書類に父親の職業を書く欄があり、
「無職」と書くのが恥ずかしいと泣いていました。
「母子家庭ということにしとけ。出て行ってやるから。」
と言っときました。。

高校野球秋季大会は一応順調に進んでるようですね。
履正社が大阪3位以内に入れなくて選抜が絶たれたようで。
大阪桐蔭は相変わらず健在。

さて、自分の失敗人生を振り返る続きを書いてみます。
一体何のためにこんなもんを書いてるのか、自分でも理解不能だけど。。

つまらない大学生活を5年間過ごした私。
下宿代に1年余分な授業料。親は金をドブに捨てたことになる。
4年の時の就活。まだバブルが弾ける前だったので、大手企業に頼まれて入社するという、有り得ない時代でした。
私が所属してた学部学科から、大抵の有名製造メーカーに5人まで内定できると言う今では信じられないルールがあった。
SONY、NECは5人がすぐ埋ったが、それ以外の企業は定員割れだった記憶がある。あのPanasonicでさえも、、
つまりあの時私でもPanasonicを希望したら内定取れたんだろうと思うが、大阪本社の会社は仕事キツそうという意味不明な理由で、私は別の総合電機メーカーを選びました。
私みたいな無能なクズが有名企業を選べるという、今後二度と来ないと断言できる異常な世の中でした。

就職後、上記のように限りなく裏口入社に近い私。当然落ちこぼれます。
今年退職する迄の約28年間。泥水の中を這い回るような地獄の会社生活でした。
身の丈に合わない就職をすると当然そうなります。
多分私を筆頭に私の年代は、人類史上生産性は最悪だと思います。
世の中のゴミというか、他の世代に迷惑かけるから早く死ななければならないバブル世代です。

在職中はずっと、この就職は失敗だった。身の丈に合った中小企業に行くべきだった。と後悔しながら、常に自殺願望がありました。
理系に進んだ理由は単に英語が嫌いだったからですが、技術系の頭脳労働はとても私の手に負える物では無かった。
文系に進んで経理でもやった方が楽だったんじゃないか、、等と今さら思ったところで後の祭りです。。

でも、今になったから思えることですが、あの会社に入ったのは結果オーライだったかなぁと思う。
曲がりなりにも結婚して家庭を持ったし(結婚することが良いことか?今最悪な状況やないか!という問題はさておいて、結婚生活という経験が出来たという点では良かったと思えます。)、決して多くは無いが生活するだけの収入は得れたし、早期退職割増金が出たし、今後ずっと無職でも多分還暦位までは今のペースで生活が出来そうだし。
それもこれも大企業にしがみついてきたおかげだろうと思う。

子供が生まれて、3〜10歳位の頃が私の人生三度目にして最後の充実期だったと思う。
この期間、家族旅行を沢山した。関西在住ながらディズニーリゾートには年数回行き、ハワイ、香港にも行った。
その間も仕事は常に地獄でしたが。

私のいた会社では、総合職は普通33歳位で係長になり、40歳位で課長級になる。
私は係長級の昇進試験に二度落ち、その後試験制が廃止され上司の認定制になったがずっと放置された。
その後係長という職位が廃止され、係長が全員課長級になったが、私は当然ヒラのまま。
結局私が課長級に認定されたのは40過ぎてから。人より8年程遅れてのことでした。

上を見たらきりがない、とよく言われるが、下を見たら世の中には自分より下の人間もまだ少しはいるんだろうと若い時は思ってました。
でも、40歳を過ぎた頃にはっきり自覚しました。
自分より下はいない。世界中のどこを探しても自分より低レベルの人間は絶対いない。と言う事を。
それ以来ずっとそれを自覚して生きています。

来年就職する娘にアドバイスできることは何もないけども、もし強いて言うとしたら、
「自分より下は居ないことを常に肝に銘じておけ」

続きはまた別途。
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1
もうすぐ9月も終わりです。
働いてる人にとっては期末ですが、ニートの私にとっては曜日も月も何の区別も無い、ただの何もしない日です。

4月上旬を最後に勤めを辞めてはや半年。
反対を押し切って辞めたので、妻からは憎しみを込めた罵声を毎日浴びています。
最近は娘からも存在を拒絶されており、食事時以外は私はずっと別室に籠ったり、無理矢理外出して図書館やネットカフェに行ったりしています。
そんなに嫌いなら、いっそのこと死んでやろうか(死ぬ勇気も無いくせに)と思い始めた頃に竹内結子の自殺と思われる急逝のニュースを聞きました。

三浦春馬、芦名星と同様にクローゼットで絶命してたとのこと。。
言わずと知れたトップセレブ女優。去年再婚し今年は子供も産み、近く育休から復帰予定だった。
前夫中村獅童との子は15歳位らしい。

この状況で自殺するとは考えにくい。
おそらく突発的に錯乱状態になって意志と関係なく首を吊ったのかなと推測されます。かつての私もそうでした。

ただ、突発的とは言え自殺してしまうのは、普段から希死念慮が多少なりともあったのかな、と。
産後の体調不良による鬱だったり、生まれてきた子に何らかの心配事があったり、公表されない悩み事があったり。。

コロナのせいで今世界は暗闇の中にあり、この先何十年もこの状態が続くとしたら。
そんな時に子どもを生んでしまって、この子が不憫で申し訳ない。とか思ってたり。
あるいは復帰後の仕事の量もギャラもコロナ前に比べて激減し、おまけに三浦春馬氏の闇が伝染して引っ張られてしまったのかな。
等と無意味な想像を巡らせてしまいました。

冷静に考えれば、大金持ちなんだろうから辛かったら仕事なんか辞めて、家事も育児も金の力で他人にやってもらえば済む話である。
にもかかわらず死に向かってしまうとは、一般人には思い至らない闇があるのか。

三浦春馬氏の時も思ったが、こういうセレブが自殺してしまうと、何も無い空っぽでおまけに今は家族からも否定されている自分が生きてることがホント情けなくて悲しい。

相次ぐセレブの自殺は、コロナも要因の一つであるかどうかはわからないですが、今後若者の自殺は増えるような気がします。というか、一般人の自殺はニュースにならないだけでもう増えてるのかも知れない。

私ぐらいの歳なら、もう10年もすれば死ねるだろうけど、若者はまだ後何十年もコロナ禍を生きて働かなければならない。
私が今若者だったら、こんな人生から逃げるためにかなり切実に自殺を考えるかも知れない。。
娘にはあまり深く考えずに淡々と生きて欲しいものです。

生きていればいつかきっと良いことがある。いつかきっと笑える日が来る。
等と決り文句のように言われるが、今の世では虚しく響く。

辛い時は逃げれば良い。弱くても良い。
日本は福祉国家なんだから、働けなくても生活保護がある。
昔精神病院に入院してた時、医者にそう言われた。
それはそうかも知れないが。。
結局どう生きたところで人生は虚しいだけだ。
50歳位の頃、私はそういう結論に達しました。

あの時、助からなければ良かった。。。
口には出さないが、そう思ってしまう。
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1
秋らしい気候になって来ました。
すぐ寒い冬になるんだろうか。。

今日からプロ野球は観客が増えてました。
このまま大した感染増が起こらなければ、高校野球秋季大会や来年の選抜甲子園、そしてオリンピックも開催されることを祈りたいものです。

会社辞めてニートになって早くも半年。
友人は居なくなり、家族からは疎まれ憎まれ、完全に世の中から排除されて生きてます。
早期退職した以上、こうなることは想定内でした。
同級生達は皆後10年ぐらいは真面目に働くのですから。。

願わくば来年春以降、小遣い稼ぎのバイト程度でも良いから何か働かないとなぁ、と漠然と思い続けてましたが、きっとそれも無理だろうと思うに至ってます。
それについてはまたいつか書けたら書きます。

私の人生は挫折の連続。挫折の中で完結する。
今はその最終段階の敗戦処理に思えます。
暗い昏い人生を簡単に振り返ってみる。

生まれてから11歳までは普通の無邪気な少年でした。
私の人生で一番幸せな時期はきっとこの11年です。

11歳の小5冬。教育にやたらうるさい父親に進学塾に行かされました。私立の中高に行かせる目的で。
それまで私は同級生の中では何事も自分は中の上ぐらいじゃないかと自惚れていました。
塾に行かされて、現実を突きつけられる。
こっちが何億年勉強したって到底及ばない秀才が無数にいることを知る。自分は少なくとも中よりは下の劣等生だとわかってしまい、心が折れた。これ以降一切の努力をしなくなりました。
これが最初の挫折。
それ以降今に至るまでずっと落ちこぼれ人生です。

結局無名な中高一貫の私立に進学し、そこでも当然成績は下の方。

中学の最初の1年は大変だったけど、そのうち底辺人生にも慣れてきて中2〜高1あたりの3年間はそこそこ気楽に野球ばっかり観戦する毎日でした。
落ちこぼれなので友達はほとんどいなかったが、未だに連絡を取り合う友人(何故か凄い秀才)が一人この時に出来た。
この3年間は幼少期に続く第二充実期と言える。
他人から見たら友達の少ない暗くてショボい毎日ですが。。

高2からは周りが大学受験モードになり、再び暗黒期になります。ろくに勉強してないくせに周りが眩しすぎて軽い鬱になってた気がします。
結局地方の国立大に引っかかりました。
その大学、関西では全く無名で校内で受験したのは私だけでした。

お世辞にも一流とは言えない大学でしたが、それでも同級生は私よりはるかに優秀な人ばかり。
私は留年してしまい、卒業するのに5年かかりました。
大学生活はかなりサボったので楽は楽でしたが、楽しかった記憶は全く無く、つまらなかったです。
それでも研究室の同僚5人はその後お互いの結婚式に出席するまでの仲にはなれました。

無職になった今、そんな友人達とも連絡を取ることはありませんが。。
長くなって来たので続きは後日にします。
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