人生谷あり底あり

うつ病休職歴あり、自殺未遂歴あり。 2020年6月に早期退職しました。これにより名実ともに負け組になった初老親父の無駄口です...

3
東京も国内合計もコロナ感染者数が最多を更新しました。
現在私は、恥ずかしながら失業手当をもらっています。
これをもらうには求職活動を月に2回以上することが条件。
8月頃まではコロナのおかげで求職活動が免除されてて、何もしなくても失業手当が支給されてたらしい。
今回また感染爆発してるので、また免除の動きにならないかなぁと、良からぬことを期待してます。

ニートなので平日昼間から買い物や犬の散歩で外をウロウロしてて、そのうち不審者で通報されないかとヒヤヒヤしていますが、先日保育園児が散歩しているところに遭遇しました。
引率の保母さんが3人いたのだけど、3人とも外国人でした。
白人、インド系、ヒスパニック系といった感じの3人でした。

私は暇に任せて他人様のブログをよく見ます。
働いてた時も仕事中にサボってよく見てました。(そんなだから挫折して退職する羽目になったんじゃ、ボケが!)

やはり自分と似た境遇の人のブログを探してしまいます。
同年代の早期リタイアした人やおひとりさま等。
私は家庭持ちですが、精神的には完全な孤独なので。。

早期リタイアした人のブログは総じてつまらんです。
FXや株で収入を補うような話ばかりで、財テクをやらないと決めている私には意味が無い。
また、早期リタイア者はほとんどが独身男なのであまり参考にもならない。
アドセンス収入や運用益で今後何十年も孤独に慎ましく生きようとする彼等。果たして生きてる意味があるのか?と、思いっきり自分を棚に上げて思ってしまいます。

おひとりさまブログで読みたくなるものは全て女性のブログです。
女性のブログを見てると、男とは違って皆それなりに現状に満足しそこそこ幸せを感じているように思えます。
たとえ貧乏生活だったり薄給な割に仕事が辛かったり親の介護で大変だったりしても。
置かれた場所を肯定する強さ、自己愛の強さが伺えます。
私なんか、自分を肯定したことなんか人生で1度も無いなぁ。

毎日のように読んでるアラフィフおひとりさま女性のブログが2つある。でも前みたいに本人に知られて怒られるのは嫌なのでリンクは貼りません。タイトルも明かさないでおきます。

  • とある介護士さんのブログ

このブログ主は介護士をしながら自身の認知症の母の世話もしている離婚歴のある独身。
家計は厳しく仕事も親の世話も大変そうであり、その合間を縫って趣味に興じる様子が書かれている。
過去にはアパレル関係の営業等で相当稼ぎ、海外生活もあり、男友達も多い。そういう過去の栄光が事あるごとに書かれている。
毎日のように長文のブログが更新されている。
疑問なのは自分の有能ぶりをアピールする主は、何故今そんなに家計が苦しいのか?過去の稼ぎはどこへ行ったのか?そんなに忙しいのに何故毎日長文が書けるのか?
と言ったところ。
読者が多くてアドセンス収入が沢山あるのか、あるいは創作された架空ブログか。
そういう疑惑も多少あるが、自画自賛を含めて意見をはっきり書いてるところが他人事なので興味深く読んでます。


  • とあるダメ男と結婚してしまった人のブログ

このブログ主の旦那さんは人生で1度も定職に就いた事がない。結婚する時も無職で当然周りからは反対されたが、よっぽどのイケメンだったのか、押し切って結婚し今に至る。
子供が2人いて現在2人とも学生である。
子供がいると学費等の費用が必要なのでさすがに旦那に定職に就けと要求するが拒否し続けられている。旦那は人格的にも難ある人みたい。。
ブログ主は自分の収入で家族を支え、そんなクズ旦那と別居や同居しながら生活している。彼女自身働くことは結構好きなようである。
旦那をすっかり見限っており、結婚相手を見誤ったことを大変後悔している。
今は旦那の死を願いながら離婚の機会を伺っている。数年後子供が独立した暁には家族と離れて一人の人生を謳歌しようと決めている。
こんな概要のブログですが、私の妻はきっとこのブログ主と同じことを思いながら生きてるんだろうなぁ、、と思いながら毎日読んでます。
ダメンズウォーカーの末路というか。
将来無事子供が独立して一人になられたら良いと思うが、それまでこの世の中が存続してるか、自身の心身の健康が維持出来てるかは神のみぞ知るである。


孤独や貧乏は、若くて気力があるうちは耐えられたり、むしろ楽しかったりすることもあるだろうけど、それが5年や10年続くとどうなるか。
嫌気が差して全て投げ出したくなりそうな気がする。
今の私はその段階に近い。
数多くあるおひとりさま女性のブログ主は数年後どうなってるか、、少し興味あるところです。
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1
こんにちは。人生の敗北宣言を毎日してる者です。
今日は中華ポテトを作ってみたが、見た目はまぁまぁながら売り物のようなカリッとした食感が無く柔らかくて不評だった。。

さて、負け犬人生を振り返るのは、つまらんのでこれで最後にします。

約7年前、いろいろあって休職後職場復帰する。
仕事内容は休職前より若干楽な業務に変えてもらった。
楽な業務と言っても、大卒総合職にとってはやや楽な業務というだけで、人類一無能な私にはそれでも苦痛なものでした。
本来なら死んでた筈の私、前にも増して頑張ることをせず、おまけの人生はきっとそのうちまた行き詰まって今度こそ死ぬ、という前提で毎日を淡々と喜怒哀楽のほぼ無い生活を送ってました。

若い頃、上司に言われたことを思い出しました。
「会社は学校とは違うから、出来の悪い者を引き上げるようなことはしない。」
要は出来の悪い奴は最初から居てはいけない所なんだ。。
努力が報われるなんてことも、能力がある人だけの話です。
無能な人間は努力する資格も無い。

そんな中、2014年に娘が希望する大学付属高校に合格。おまけにその学校は翌年甲子園で準決勝まで行く。
単身赴任ながら休日はタイ旅行や沖縄旅行や関東関西に何度も野球観戦に行ったりと、刹那的にそこそこ楽しんでいました。
ただ、平日の仕事はもちろん地獄でした。

娘が高校に受かった時に、自分の人生設計がほぼ固まった。
よっぽど失敗しなければ、娘はエスカレーター式に大学に入り、就職もたぶん大学4年になった頃に決まるだろう。
子供が自立すれば親の役目は終わり。
そのタイミングで早期退職しよう。
もちろんその決意は直前まで家族にも黙ってました。

辞める日を決めると、後はその日が来るのを待つことだけが生きるモチベーションでした。
子育てさえ終われば、自分の老後なんて無くてよい。大人を養う筋合いも無い。辞めさえすればしばらくの間自由気ままな生活が送れるだろうと。

しかし50歳頃、それも幻想だとわかった。
老化や更年期で度々体調が悪くなる。そしてなんと言っても外見が加速度的に醜く衰えて行く。
その頃会社で50歳の社員を集めて今後のライフプランを考える研修みたいなのがあり、奥さん連れで参加している人もいたのですが、男女問わず参加者達の見た目の酷さが自分も含めて悲しかった。。

こんな自分、生きてるだけで自分も他人も迷惑だ。退職後の楽しい生活等あり得ない。結局人生なんてどう生きようが虚しいだけだという結論に達しました。
自分の寿命はやっぱりあの7年前にすべきだった。

それからはずっと軽い希死念慮に囚われながら生きています。
しかも私には自死する実力も無い。敗戦処理のような日々。
その後2年間は何とか仕事を続けて、息も絶え絶えに当初の予定通り早期退職したのが今年の春です。
勝手に決めて誰の賛同も得ずに辞めたので、家族からは心底憎まれて今の生活に至っています。

今後希望と言えることは何も無い。
あるとすれば完全に一人で暮らすことぐらいか。
一人で引きこもってると、やがて暇すぎて何かやりたくなるか、あるいはセルフネグレクトしてゴミ山の中で孤独死するか。
どっちにしてもしょーもない人生です。
でも死ねなかったのは自分が悪いのでこれからも自然死するまでは生きるしかないのでしょう。。

勝ち組だの負け組だのという言葉があるが、こんな世の中になってしまうと、生きてる人は皆負け組に思える。
地獄を見る前に無事に天寿を全うした人こそ勝ち組ではないかと。
コロナは往生際悪くウダウダと生きてる奴に対する天罰じゃないかと。。

くだらん自分語りをしてしまった。そんな自分に虫唾が走る。。
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4
避難先(笑)の実家から東京の自宅に戻ってはや一週間以上が経ちました。
相変わらず毎日妻に罵倒され、反吐が出そうな程クソつまらん毎日です。
ここは自分の居場所ではないことは間違いないと日々痛感します。
だったらお前の居場所はどこで、どうなったらつまらなくない毎日になるんだ?あぁ?
と聞かれると、どこにも無いのですが、、
たぶん、この世には無いのでしょう。。

ついこないだのことですが、嵐の新国立競技場でのコンサートをネット配信で見ました。
娘がチケットを買いました。
こんな世の中なので無観客のコンサートを前撮りして配信したもの。
前撮り時に風船や花火が隣の神宮球場でやってたヤクルト中日戦の邪魔をしたとちょっとしたニュースになってました。

ネット配信なので、レンタルDVDよりちと高い1000円位かと思っていたら、なんと5800円だそうで、驚愕しました。。
10人位で見ないと元取れんわ、、

夕食を食いながら家族3人で見ました。
私は嵐のコンサートって初めて見るのだけど、妻子は1度東京ドームライブを見たことがある。さらに以前はSMAPの京セラドームライブも2、3回見ている。
そんな妻子の感想は「微妙、、」でした。
翌日、友人や職場の同僚に「どうだった?」と聞かれたらしいので、女性は何かしら気になってた人が多かったのでしょう。

娘の評価は
英語の歌ばっかで往年のヒット曲があまり聴けなかった。時間が90分だけで物足りなかった。やっぱ無観客は寂しくて雰囲気が出ない。
とのこと。そういうもんか。ふーん。とその日は終わりました。

翌日ぐらいに、YOUTUBEで嵐の過去のコンサート、2017年と2012年のが期間限定公開されてるのに気付きました。
観客がいるのはどんなもんだろうかと試しに見てみた。

さすがにドル箱トップアイドルのコンサートだと思いました。
歌唱力に多少難があったとしても(あるいは口パクかも知れんが)それを補ってあまり有る構成力と踊りがある。
ディズニーリゾートのショーをずっと見てるような感じだった。
ライブDVDはTSUTAYAとかに置いてないのは何故だろうと常々思っていたが、レンタルのはした金で貸せるような代物ではないということなんだろう。
よくもあれだけ踊りを覚えられるなぁと、50過ぎたジジイは感心した。
よっぽど練習してるんだろうなぁ。振付なんか一瞬で覚えるんだろうか。週に何本もレギュラーのバラエティ番組を持ちながらこんなコンサートするんだから、そりゃ辛くて辞めたくもなるよなぁ。
等と見ながらいろいろ思いました。

ちなみに私が見たのはuntitledという2017年の東京ドームライブです。たぶん今でも見れる。
来年から嵐を失うジャニーズ事務所の財政が他人事ながらちと気になる。
コロナでどっちみち芸能なんて成り立たなくなるのかも知れないけど。

先月アメトークで嵐大好きおじさんというのをやってたらしい。私の感想みたいなことを語っていたのかな。見れば良かった。。

というわけで、束の間若者のコンサートを鑑賞して、ニートジジイはまたゴミのようなつまらん日常に戻ります。
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3
もう10月も終わろうとしています。
無職になると毎日があっという間に過ぎて行く。
働いてる時は平日が果てしなく長かったが。

二十日間近く実家に逃げ帰ってましたが、失業認定のために渋々自宅に戻りました。
3ヶ月の給付制限がやっと終わり、約4ヶ月ぶりに僅かな収入です。
収入と言っても雀の涙の中の微生物ぐらいですが。。

実家から自宅に帰る途中、名古屋に2泊して観光して帰りました。観光と言っても何を見たわけでもありませんが。。家族にはずっと実家にいたことにしてあります。

名古屋までは高い新幹線で行きました。
宿泊はアパホテルで正規料金2泊9500円がGOTO割引で6175円。クーポン1000円がもらえました。

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ということで、約4000円税金を無駄遣いしました。

当たり前ですが、先日行った仙台とは違って名古屋は大都会でした。
私が泊まったのは中心から地下鉄で少し離れた栄というところ。
繁華街や歓楽街があるらしいのですが、あまり長く出歩かなかったので実感は出来ず。
宿近くに派手な中国エステとかはありましたが。

初日は近所のランドマークを見に行きました。

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オアシス21という楕円形の建物の屋上庭園みたいなところからテレビ塔を撮ったものです。

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テレビ塔のすぐ近くにサンシャイン栄というショッピングビルがあり、周辺はこういうよくある都会的な風景です。

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初日の夜は台湾ラーメンを食べる。辛かった。
翌日、名古屋で見たいところはいくつかあったものの、あまり遠出する元気が無く、最初に行ったのはホテルから近い名古屋市科学館というところ。

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なんとなく、プラネタリウムを見て癒やされたかったのです。
まぁまぁ癒やされました。
説明のナレーションがおっさんだったのが残念だった。
こういうところこそ、女性の声優でも使って欲しかった。
途中空が変化しながら洋楽のバラードが流れてて、その時が一番気分が和らいだ。
誰の歌かわからなかったが。エド・シーランのような雰囲気の曲だった。

科学館を後にして、朝食兼昼食を、るるぶに載っていた小倉トーストが食べれる喫茶店に行きました。

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思ったよりトーストが薄かったが、餡は甘くて美味かった。
量が足りなかったのでコンビニでサンドイッチ買って後でホテルで食べました。

その後は名古屋駅に行って、周辺の高層ビル群を眺めただけで疲れて帰りました。

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JRのタワーが2つ。大名古屋ビルヂングというのもあり、下の画像はスパイラルビルと言うものです。
中に何があるかというと、真新しいものは無く普通の都会の高層ビルと同じく有名な店があるだけでした。

本当は名古屋ドームやトヨタの博物館等にも行って見たかったが、どうも行く元気が無かった。。
この日の夜はクーポンを使ってとんかつ屋で食べました。
名古屋だから味噌カツを食べるつもりが、いつもの癖でロースカツを頼んでしまった。アホである。

翌日の帰宅は名古屋発東京行きの高速バス3090円でした。
所要時間は6時間以上。
実家で長いことじっとしてたので変化を求めて名古屋に来ては見たものの、元々旅行を楽しむ気分では無かったのかも知れない。
年を取り仕事もせず、何の目的も無く生きる奴の成れの果てです。

そんな感じで2泊3日を過ごし、泣く泣く自宅に戻った2日後、体調崩して寝込みました。
完全に精神的なものですな。。
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2
1年前の今頃はラグビーのワールドカップが佳境に入ってた頃でした。
まさか1年後には世界中がこんな真っ暗闇の地獄になるとは誰も思わなかったことでしょう。
去年より良い目を見れてるのは吾峠呼世晴ぐらいでしょうか。
しかしなんちゅう名前や。。この人まだ30歳位らしい。

さて、ダラダラと書いている転落人生の振り返り。

40歳位で自分は人類の最底辺だという真実に気付く。
それでもまだ子供が小さかったので嫌々ながら働きながら生きていました。
そのうち東京に転勤になり(もちろん家族で転居)、周りのレベルはさらに上がりどうにもならなくなりつつあります。
東京生活1年半過ぎた頃、転機が訪れる。

当時私は関連子会社に転籍させられていたが、その会社が業績悪化で経営破綻寸前になり、早期退職の募集を始めた。
その前にも2回募集はあったが、年齢で対象に入ったのがこの44歳の時初めてでした。
割増退職金も結構な額だった。
渡りに船、と私は応募しました。
反対する家族の声はもう耳に入らなかった。。
この機会に辞められないのなら、死んでしまおうとまで仕事で追い詰められていたから。
ちなみにその頃、妻の母親は末期の肺癌でいつ逝くかわからない状態。
にも関わらず、私はもう自分が逃げることしか考えられなかった。

しかし、早期退職は叶わなかった。
応募者があまりにも多すぎ、退職金が払えなくなった会社は、40代の応募者に限り親会社に転籍という形で無理矢理引き取らせたのだった。
それを拒否して何が何でも辞めるという選択肢もあったが、泣いて懇願する家族を振り切る気力は私には無かった。
ちなみにその子会社は今も潰れずに存続しています。

行き先は親会社の西日本、中国地方の地方都市。
もちろん単身赴任を選んだ。
どうせ挫折してすぐ辞めて帰るに決まっている。いや、帰れたらまだ良い。たぶん自殺するだろう。
そう思いながら赴任しました。
単身赴任をするということは、将来家庭が崩壊することを容認したということ。たぶん妻もそれをわかっていたはず。
ちなみにその直前に義母は永眠。

赴任後は100%予想した通りだった。
やったことのない設計職に入れられ、もちろん挫折する。
3ヶ月ぐらいで鬱状態になり会社を休みがちになり、5ヶ月後ぐらいには首を吊りました。
ちなみにその直前、妻は乳癌になり、片乳を全摘しました。

詳細は省きますが、自殺は失敗に終わり、7ヶ月程鬱病で休職した後、職場復帰する。
前職の設計とは同じフロアながら仕事は企画職に変えてもらえた。
企画職と言いながら、実態は取りまとめの便利屋、パシりのような仕事です。
本来メンタル不調で休職した人は以前と同じ職場に復帰することになっている。
そうしないと皆仮病で休職するからである。
自殺されて新聞沙汰になったらたまらん、という理由で私の場合は例外的に業務内容を変えてもらえたのかも、と推測します。

そういうある意味閑職のような仕事をその後退職するまで7年半続けることになります。

クソみたいに内容がからっぽの回想ですが、疲れてきたので続きはまた後日。
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3
実家に逃げ帰ってから10日あまりが経ちました。
妻からは何の連絡も来ないので、まだ戻らない方が良いと判断し、ハロワに用事がある直前まで帰らないことにしました。

「鬼滅の刃」というアニメ映画が公開されてるようで、映画館のスケジュールを見てたらほぼ30分置きぐらいに上映されてて、バスの時刻表みたいだ。全国の映画館がこんな状況とのこと。
そんなに需要があるのかたかがアニメ映画に。。
週明けぐらいからガラガラになるんじゃないかな。
このアニメ、最近までGyaoの無料動画でやってたので、恥ずかしながら試しに見ました。50過ぎたジジイが。。
つまらなくは無いが、そんなに飛び抜けて面白いとも思わず。
ウォーキング・デッドの大正アニメ版みたいな。
今世の中があまりにも閉塞してるので、無理矢理騒ぎたいということなのだろう。
作者は時代に助けられて大儲け。
でもきっとすぐ飽きられるだろう。

ちなみに私はTENETという映画を見ようかどうか迷ってるところ。
話がさっぱりわからないというレビューが多く、躊躇しています。

さて、実家では食って寝て排泄して、、
という生き物として最低限の行動しかしておらず、にもかかわらず自分のポンコツぶりに嫌気がさして鬱になるという、救いようの無い状態です。
これではイカンと思い、車で遠出してみました。

行ったところは鳥取砂丘。
実家から片道約140キロ。母も暇そうだったので連れて行きました。
到着まで約半分は高速。半分は田舎道。
平日なので空いてました。

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駐車場は無料でした。
こんな感じで砂丘が広がっており、丘の上からは日本海が見えます。
風が無かったので、本で見るような砂が波打ったような綺麗な風景はありません。

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金を払うとラクダに乗れる。
一人1500円というぼったくり価格でした。
最初から乗る気はありませんでしたが。
他人が乗ってるのをこっそり撮りました。

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砂丘近くにすなば珈琲という店があった。
噂には聞いてたが、ただの小さな店とも言えないようなスペースでした。

この後併設されてる砂の美術館に入りました。

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砂で作った像を展示しているもので、入場料600円。
この日はチェコがテーマらしく、作家のカフカの世界観他、おどろおどろしい像が多数見られました。

走行距離約300キロの日帰り旅でしたが、それだけでもなんか疲れました。。
すっかり老人です。
本当は山口県の元の隅神社や角島大橋に車中泊しながら行きたかったのだが、今の体力では無理っぽいなぁ。。
来年の春ぐらいに延期しようかと思う。
その頃私は生きているのか、動ける状態か全く不明だが、、

実家に帰宅後はまた半引きこもりの生活に戻っています。
ホント生きてる意味が無い。

誰か立派な若者に寿命を20年ぐらい差し上げたい。
一年100万円ぐらいで売れたら最高だ。
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1
高校大学野球の神宮大会が中止になりました。
見に行こうと思ってたのに。。
天理の投手とか生観戦したかったのに。。
宿泊の伴う全国大会は、社会人やプロは自己責任だが学生はそうも行かず、連盟は責任取りたくないから中止にしちまえ。と言うことだろう。
この分では来春の選抜甲子園も通常開催しないな。
やったとしても出場校数を半分にして土日だけ試合するとかになるかも。。
娯楽の無いつまらない世の中になってしまいました。。

さて、私は数日前からまた実家に帰ってます。
私を毛嫌いする家族からまた逃げてきたわけです。
逃げたところで何の解決にもなりませんが。
春に仕事から逃げ、その後度々家族から逃げ。。
私の人生はいろんなことから逃げ続けた人生です。
私から逃避と挫折を取ったら何も残りません。。

50歳そこそこで仕事をリタイアしてしまう人はネット界隈ではたまに見かけますが、そういう人は主たる生計維持者である旦那や父親がいる女性が多いです。
たまに男もいるが、それはほぼ独身者です。
私みたく家庭持ちでありながらそんな暴挙に出たアホはまず居ません。
理由はもちろん、家族が認めないから。
家族の反対を押し切ってリタイアした私。当然家族に憎まれ、死を望まれ、今実家に逃げ帰っています。。
いつ自宅に戻るかは決めていない。月末にはハローワークに行くのでそれまでには帰らなければならないが。
妻からの連絡は一切ありません。

逃げ帰ってきて気分が晴れたのか?と言われると。。
最初の数時間はホッとしてましたが、当たり前ですが根本解決にはなっていない。
年老いた母も考えは妻と同じ。ただ何を言ったところで息子は怒るだけなので放置してくれている。
実家は広いので一人になれる時間が多く、そこだけが少し助かっている。

ここ数ヶ月、生きる目的も楽しみも何も無い状態で軽い鬱状態がずっと続いている。生きるのが苦しい。
自分なりに限界まで働いたつもりだけど、世間一般と比べてあんたはダメ人間過ぎると罵倒されると、じゃあ死ぬしかないじゃないかと思ってしまう。
こんな奴としか結婚出来なかった妻も、こんな子供を生んだ親も、結局その程度の実力の人間だったと言うことだ。

軽い鬱状態になってからかなり痩せた気がする。
上半身は前も後ろも肋骨がはっきりわかる。
尾てい骨が出て硬い椅子に座ると痛い。
食べる量はそんなに減っていないはずだが、生きる意欲が無くなると筋肉や脂肪がつかなくなるのだろうか。
体重は知りたくないので量ってない。

こないだテレビの仰天ニュースで林葉直子のことをやっていた。
私と同級生の林葉は、天才女流棋士として若い頃ひと通りの成功を収めた後、不倫したりヘアヌード写真集出したりお騒がせする。父親の浪費で自己破産する。あげくアル中になり重度の肝硬変で死にかける。
現在の林葉直子の姿は、痩せ細って老婆というか、妖怪みたいだった。。
52歳のはずだけど70代に見えた。
言っちゃ悪いが、肝硬変で死んどいた方が良かったんじゃないか。7年前の私みたいに。
ちなみに私の体も今は臨終前の干からびた老人みたいになっています。。

最近、ネットの無料動画で「白夜行」を配信していた。2006年の綾瀬はるか、山田孝之主演のテレビドラマです。
親の悪事のせいで互いの親を殺してしまった小学生の男女が、お互いを守るためにその後20年近く罪を重ねながら日陰の人生を過ごす。
最後男は自殺し、女は破滅してやっと救われる。
そんな感じのストーリーでした。
最近の半沢直樹よりはずっと良かった。
私もいつか死んで救われるのかなぁ、と思ったりする。

気分が落ちている時はひたすらこんなネガティブなことしか書けないのです。
消えて無くなりたいなぁ。
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2
10月になりました。
娘のリモート内定式も行われたようです。
提出書類に父親の職業を書く欄があり、
「無職」と書くのが恥ずかしいと泣いていました。
「母子家庭ということにしとけ。出て行ってやるから。」
と言っときました。。

高校野球秋季大会は一応順調に進んでるようですね。
履正社が大阪3位以内に入れなくて選抜が絶たれたようで。
大阪桐蔭は相変わらず健在。

さて、自分の失敗人生を振り返る続きを書いてみます。
一体何のためにこんなもんを書いてるのか、自分でも理解不能だけど。。

つまらない大学生活を5年間過ごした私。
下宿代に1年余分な授業料。親は金をドブに捨てたことになる。
4年の時の就活。まだバブルが弾ける前だったので、大手企業に頼まれて入社するという、有り得ない時代でした。
私が所属してた学部学科から、大抵の有名製造メーカーに5人まで内定できると言う今では信じられないルールがあった。
SONY、NECは5人がすぐ埋ったが、それ以外の企業は定員割れだった記憶がある。あのPanasonicでさえも、、
つまりあの時私でもPanasonicを希望したら内定取れたんだろうと思うが、大阪本社の会社は仕事キツそうという意味不明な理由で、私は別の総合電機メーカーを選びました。
私みたいな無能なクズが有名企業を選べるという、今後二度と来ないと断言できる異常な世の中でした。

就職後、上記のように限りなく裏口入社に近い私。当然落ちこぼれます。
今年退職する迄の約28年間。泥水の中を這い回るような地獄の会社生活でした。
身の丈に合わない就職をすると当然そうなります。
多分私を筆頭に私の年代は、人類史上生産性は最悪だと思います。
世の中のゴミというか、他の世代に迷惑かけるから早く死ななければならないバブル世代です。

在職中はずっと、この就職は失敗だった。身の丈に合った中小企業に行くべきだった。と後悔しながら、常に自殺願望がありました。
理系に進んだ理由は単に英語が嫌いだったからですが、技術系の頭脳労働はとても私の手に負える物では無かった。
文系に進んで経理でもやった方が楽だったんじゃないか、、等と今さら思ったところで後の祭りです。。

でも、今になったから思えることですが、あの会社に入ったのは結果オーライだったかなぁと思う。
曲がりなりにも結婚して家庭を持ったし(結婚することが良いことか?今最悪な状況やないか!という問題はさておいて、結婚生活という経験が出来たという点では良かったと思えます。)、決して多くは無いが生活するだけの収入は得れたし、早期退職割増金が出たし、今後ずっと無職でも多分還暦位までは今のペースで生活が出来そうだし。
それもこれも大企業にしがみついてきたおかげだろうと思う。

子供が生まれて、3〜10歳位の頃が私の人生三度目にして最後の充実期だったと思う。
この期間、家族旅行を沢山した。関西在住ながらディズニーリゾートには年数回行き、ハワイ、香港にも行った。
その間も仕事は常に地獄でしたが。

私のいた会社では、総合職は普通33歳位で係長になり、40歳位で課長級になる。
私は係長級の昇進試験に二度落ち、その後試験制が廃止され上司の認定制になったがずっと放置された。
その後係長という職位が廃止され、係長が全員課長級になったが、私は当然ヒラのまま。
結局私が課長級に認定されたのは40過ぎてから。人より8年程遅れてのことでした。

上を見たらきりがない、とよく言われるが、下を見たら世の中には自分より下の人間もまだ少しはいるんだろうと若い時は思ってました。
でも、40歳を過ぎた頃にはっきり自覚しました。
自分より下はいない。世界中のどこを探しても自分より低レベルの人間は絶対いない。と言う事を。
それ以来ずっとそれを自覚して生きています。

来年就職する娘にアドバイスできることは何もないけども、もし強いて言うとしたら、
「自分より下は居ないことを常に肝に銘じておけ」

続きはまた別途。
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1
もうすぐ9月も終わりです。
働いてる人にとっては期末ですが、ニートの私にとっては曜日も月も何の区別も無い、ただの何もしない日です。

4月上旬を最後に勤めを辞めてはや半年。
反対を押し切って辞めたので、妻からは憎しみを込めた罵声を毎日浴びています。
最近は娘からも存在を拒絶されており、食事時以外は私はずっと別室に籠ったり、無理矢理外出して図書館やネットカフェに行ったりしています。
そんなに嫌いなら、いっそのこと死んでやろうか(死ぬ勇気も無いくせに)と思い始めた頃に竹内結子の自殺と思われる急逝のニュースを聞きました。

三浦春馬、芦名星と同様にクローゼットで絶命してたとのこと。。
言わずと知れたトップセレブ女優。去年再婚し今年は子供も産み、近く育休から復帰予定だった。
前夫中村獅童との子は15歳位らしい。

この状況で自殺するとは考えにくい。
おそらく突発的に錯乱状態になって意志と関係なく首を吊ったのかなと推測されます。かつての私もそうでした。

ただ、突発的とは言え自殺してしまうのは、普段から希死念慮が多少なりともあったのかな、と。
産後の体調不良による鬱だったり、生まれてきた子に何らかの心配事があったり、公表されない悩み事があったり。。

コロナのせいで今世界は暗闇の中にあり、この先何十年もこの状態が続くとしたら。
そんな時に子どもを生んでしまって、この子が不憫で申し訳ない。とか思ってたり。
あるいは復帰後の仕事の量もギャラもコロナ前に比べて激減し、おまけに三浦春馬氏の闇が伝染して引っ張られてしまったのかな。
等と無意味な想像を巡らせてしまいました。

冷静に考えれば、大金持ちなんだろうから辛かったら仕事なんか辞めて、家事も育児も金の力で他人にやってもらえば済む話である。
にもかかわらず死に向かってしまうとは、一般人には思い至らない闇があるのか。

三浦春馬氏の時も思ったが、こういうセレブが自殺してしまうと、何も無い空っぽでおまけに今は家族からも否定されている自分が生きてることがホント情けなくて悲しい。

相次ぐセレブの自殺は、コロナも要因の一つであるかどうかはわからないですが、今後若者の自殺は増えるような気がします。というか、一般人の自殺はニュースにならないだけでもう増えてるのかも知れない。

私ぐらいの歳なら、もう10年もすれば死ねるだろうけど、若者はまだ後何十年もコロナ禍を生きて働かなければならない。
私が今若者だったら、こんな人生から逃げるためにかなり切実に自殺を考えるかも知れない。。
娘にはあまり深く考えずに淡々と生きて欲しいものです。

生きていればいつかきっと良いことがある。いつかきっと笑える日が来る。
等と決り文句のように言われるが、今の世では虚しく響く。

辛い時は逃げれば良い。弱くても良い。
日本は福祉国家なんだから、働けなくても生活保護がある。
昔精神病院に入院してた時、医者にそう言われた。
それはそうかも知れないが。。
結局どう生きたところで人生は虚しいだけだ。
50歳位の頃、私はそういう結論に達しました。

あの時、助からなければ良かった。。。
口には出さないが、そう思ってしまう。
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秋らしい気候になって来ました。
すぐ寒い冬になるんだろうか。。

今日からプロ野球は観客が増えてました。
このまま大した感染増が起こらなければ、高校野球秋季大会や来年の選抜甲子園、そしてオリンピックも開催されることを祈りたいものです。

会社辞めてニートになって早くも半年。
友人は居なくなり、家族からは疎まれ憎まれ、完全に世の中から排除されて生きてます。
早期退職した以上、こうなることは想定内でした。
同級生達は皆後10年ぐらいは真面目に働くのですから。。

願わくば来年春以降、小遣い稼ぎのバイト程度でも良いから何か働かないとなぁ、と漠然と思い続けてましたが、きっとそれも無理だろうと思うに至ってます。
それについてはまたいつか書けたら書きます。

私の人生は挫折の連続。挫折の中で完結する。
今はその最終段階の敗戦処理に思えます。
暗い昏い人生を簡単に振り返ってみる。

生まれてから11歳までは普通の無邪気な少年でした。
私の人生で一番幸せな時期はきっとこの11年です。

11歳の小5冬。教育にやたらうるさい父親に進学塾に行かされました。私立の中高に行かせる目的で。
それまで私は同級生の中では何事も自分は中の上ぐらいじゃないかと自惚れていました。
塾に行かされて、現実を突きつけられる。
こっちが何億年勉強したって到底及ばない秀才が無数にいることを知る。自分は少なくとも中よりは下の劣等生だとわかってしまい、心が折れた。これ以降一切の努力をしなくなりました。
これが最初の挫折。
それ以降今に至るまでずっと落ちこぼれ人生です。

結局無名な中高一貫の私立に進学し、そこでも当然成績は下の方。

中学の最初の1年は大変だったけど、そのうち底辺人生にも慣れてきて中2〜高1あたりの3年間はそこそこ気楽に野球ばっかり観戦する毎日でした。
落ちこぼれなので友達はほとんどいなかったが、未だに連絡を取り合う友人(何故か凄い秀才)が一人この時に出来た。
この3年間は幼少期に続く第二充実期と言える。
他人から見たら友達の少ない暗くてショボい毎日ですが。。

高2からは周りが大学受験モードになり、再び暗黒期になります。ろくに勉強してないくせに周りが眩しすぎて軽い鬱になってた気がします。
結局地方の国立大に引っかかりました。
その大学、関西では全く無名で校内で受験したのは私だけでした。

お世辞にも一流とは言えない大学でしたが、それでも同級生は私よりはるかに優秀な人ばかり。
私は留年してしまい、卒業するのに5年かかりました。
大学生活はかなりサボったので楽は楽でしたが、楽しかった記憶は全く無く、つまらなかったです。
それでも研究室の同僚5人はその後お互いの結婚式に出席するまでの仲にはなれました。

無職になった今、そんな友人達とも連絡を取ることはありませんが。。
長くなって来たので続きは後日にします。
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